国民の党

曖昧さ回避 この項目では、1963年-1964年まで存在した韓国の政党について説明しています。2016年2月に結党した同名の韓国の政党については「国民の党 (大韓民国 2016-2018)」を、2020年2月に結党した同名の韓国の政党については「国民の党 (大韓民国 2020)」をご覧ください。
国民の党
各種表記
ハングル 국민의 당
漢字 國民의黨
発音 クンミネダン
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国民の党(こくみんのとう)は、1963年、第三共和国時代の韓国における保守政党野党5・16軍事クーデター後、政治活動が解禁された後に結成された。

なお、後の第六共和国時代に同名の政党が安哲秀によって二度(2016年と2020年)結成されるが、一切無関係である。

概要

軍事クーデターを主導した勢力が、民政移管後の実質的与党になるとにらんで、これを阻止する為に1963年1月に創党準備委員会を開催し、金炳魯民政党代表最高委員と許政新政党委員長、李範奭民友党顧問による3党無条件合同宣言によって8月5日に発足したが、大統領候補の決定をめぐって尹潽善と許政が対立し、尹潽善派が離脱した。そのため金炳魯派と李範奭派、許政派で9月5日にあらためて結成された。代表最高委員には金炳魯が就任。同年10月15日に行なわれた第5代韓国大統領選挙では、許政を大統領候補として擁立したが、投票日直前の10月2日に立候補を辞退、民政党の大統領候補である尹潽善を支持した。大統領選翌月の11月に行なわれた第6代総選挙では2議席を獲得し、翌年9月17日に民主党に統合されて解散した。

党勢推移

国会議員総選挙
年月日 議席数 得票率
合計 地域区 全国区
1963年11月26日 第6代総選挙 2 2 0 8.8%

参考文献

  • 韓国史事典編纂委員会 金容権編著『朝鮮韓国近現代史事典』日本評論社 第4章「軍事独裁と民主化運動」
  • 尹景徹『分断後の韓国政治 : 一九四五〜一九八六年』木鐸社、1986年11月30日。NDLJP:12173192。 

関連項目

大韓民国国旗 過去に存在した韓国の政党(現存する政党も含む)
第一共和国
李承晩政権)
与党

大韓国民党 → 自由党

野党

保守):韓国民主党 → 民主国民党 → 民主党、韓国独立党民族自主聯盟
(進歩):進歩党
群小政党:統一党

第二共和国
張勉政権)
与党

民主党

野党

(保守):新民党、自由党、韓国独立党
(進歩):社会大衆党、韓国社会党

第三共和国・
第四共和国
朴正煕政権)
与党

民主共和党

野党
  • 民政党
  • 民主党 → 民衆党 → 新民党
群小
政党
第五共和国
全斗煥政権)
与党
第1野党
その他野党

(保守):民主韓国党韓国国民党
(進歩):民主社会党、社会民主党

第六共和国
盧泰愚政権
与党
第1野党

平和民主党・民主党(1990-1991) → 民主党(1991-1995)

その他野党
金泳三政権
与党

民主自由党 → 新韓国党ハンナラ党

第1野党

民主党 (韓国 1991-1995) → 新政治国民会議

その他野党
金大中政権
与党
第1野党

ハンナラ党

その他野党
盧武鉉政権
与党
第1野党

ハンナラ党

その他野党
李明博政権
与党

ハンナラ党 → セヌリ党

第1野党

民主党 → 民主統合党

その他野党
朴槿恵政権
与党

セヌリ党 → 自由韓国党

第1野党

民主統合党 → 民主党 → 共に民主党

その他野党
文在寅政権
与党
第1野党
その他野党
尹錫悦政権
与党
第1野党
その他野党
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